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2005年 07月 25日
ドタバタ続きで更新がとだえています。
先週だったかいつだったかわすれちゃいましたが、祐天寺のお祭りに行きました。お祭り自体もさることながら、祐天寺駅近くのカレー屋さんがイケてました。マスターが鉄道マニアで、店内の至る所に駅名のプレートや日本の主要都市の駅長さんのサインなんかが飾られており、マスターはもちろん駅員さんのコスチュームでサービス。注文は「チーズカレー発車しまーす!」。そして席外周をかこんだ線路を走る模型列車がカレーを運んできます。イケてます。 2005年 07月 20日
今日、面接をした。
受けたのではなく、面接官としてプロデューサー志望の女性とデザイナー志望の男性とお話をさせていただいた。面接を受ける側のときは「たかだか1時間で見抜かれるほどの男じゃないぜ」と思っていたものだが、逆の立場になると「意外と見抜けるもんだな」ということがわかる。まず履歴書が「見本どおり」みたいになっている人は、いかにも用意していたようなことをしゃべる。転職の理由がとても希薄だったりする。この仕事に対する燃え上がるような情熱とか、この会社にどう貢献できるのかとか、そういう類の面接虎の巻みたいなことではなくもっと生の声で話すことが重要だ。求めるものの比率は、能力2で会社に合うかどうかが8。それから緊張するのはわかるけど、逆に考えれば、こんなとこで緊張してたらもっと大きな舞台でどうすんだ、ということも言える。面接なんて「おれをとらないでどうする」ぐらいの適当さで受けるのがちょうどいいんだと思うな。 僕の場合、履歴書はほぼ真っ白だった。どうせしゃべるしって思ってたし。過剰に自分のキャリアをアピールしたりもしなかったし、とにかくサッカーの話をしたのは覚えている。好きな広告の話もした。ほんで、日本×バーレーン戦があるので早々に切り上げさせていただいた。といっても今日面接をしたよりも長い時間を過ごしてはいたが。 そしたら試用期間も終わらないうちに、新人さんの面接を行う図々しさ。えらそうにならないように言葉には気を遣いました。おれって意外と人を見る目あるなとか幸せなことを考えています。 2005年 07月 15日
おっとっとさんがヘルペスにかかったそうです。性器ヘルペスではありませんが。タバコのパッケージに毒々しいメッセージが入ったしLOHASも流行っていることですし、健康には気をつけねばならないと自分を戒める今日この頃であります。駒沢公園を走っている人を見てなおさら焦燥感にかられるわけですが、みなさんの健康意識ってどんなもんなんでしょうか。
ちょっと話がずれますが、仕事デキる人って実は仕事にどっぷりではなく何か趣味を持っていて、プライベートな時間を充実させてますよね。そうやって、頭か体に汗をかいてる。それが仕事でのイマジネーションなんかにつながったりして。 健康を維持する目的も含め、キーワードは趣味だ。「休みの日は何してんの」と聞かれて考え込むようなヤツにはならないでおこう。太陽をまぶしそうに見つめながら「フットサル」とか「テニス」とか答えよう、おれ。 2005年 07月 13日
世界陸上がしきりに宣伝されている。夜中に過去の名勝負をのんべんだらりと垂れ流すばかりか、織田ゆーじも全力疾走する始末だ。ナンシー関は、オリンピックに見られる「感動をありがとう」的なメディアの姿勢を批判していたが、確かにテレビは視聴者からのファックスを紹介したりしながら「感動ありがとう」に落ち着いている。コメンテーターも「いや~、ほんとに感動しました。○○選手ありがとう」とか恥じらいもなく言ってのける。
こういった世界規模のスポーツの祭典が始まると、日本国民のナショナリズムが急に騒ぎ出すのは確かだ。国のことなんてまったく興味ないのに、スポーツになると国の誇りをかけて応援したりするから不思議。逆に、政治があまりにもおざなりすぎて興味の対象にならないとも言えるけど。スポーツはシンプルなんだろうな、そのへんが。 しかし、ニーズが「視聴者からのファックス」に代表される感動だとするのは早計だ。大きなカテゴリーで括ると感動かもしれないけど、「私も○○選手のがんばりを見て病気を克服しようと思いました」系のストレート真っ向勝負の感動ばかりじゃなかろう。この需要と供給の微妙なアンバランスをナンシーさんはご指摘されていたのではないだろうか。 そんな感じでニーズをちょっと勘違いし、メディアは日本人選手を執拗に追いかける。実家にまで出向く。迷惑だろ。がんばれ○○というハチマキを巻きながらもみくちゃにされ「○○選手の実家は盛り上がってます!」と伝えるレポーターと、その前でピースをするガキどもを見ていると、日本の平和神話は健在だなと思う。それから「では最後にテレビの前のみなさんに一言」もやめて欲しい。外国の選手にまでそれを求めるとき、国のレベルの低さみたいなものがバレそうでテレビを消したいほど恥ずかしい気持ちになる。誰か「いや、みなさんのためにがんばったんじゃないんで」って言ってくれないかな。「夜中だけど、チンチンいじりすぎるなよ」でもいい。 どうせズレるなら、なぜアジア人以外の女性アスリートの乳首が浮いていてもエロではないのかとか、ソトマヨールはどうしてハイソックスなのかも探ってくれ。なにがきっかけで競歩を選んだのかも知りたい。 とにかく8月6日に世界陸上は始まる。眠れない日々が続きそうだ。感動するぞー! 2005年 07月 12日
橋本慎也さんが亡くなりました。破壊王も病魔には勝てなかったというわけだ。松尾スズキさんのエッセイに「死に方があるなら死なれ方もある」って話があったけど、ファンにとってこの突然の死がもたらした驚きは計り知れない。3秒にひとり子供が死んでいるというCMが流れているが、この3秒に、少なくともその親に壮絶な死なれ方があるのだと思う。
僕は、3秒に一発の割合で屁がでる。食生活が悪いのか、東京に来てから活発に出る。徐々に括約筋をゆるめ、しぼんでいく風船みたいに緩やかに空気を出す放屁テクをマスターしたほどだ。 マスターベーションといえば、女優が脱いだ話しを近頃耳にしない。知らないところで知らない女優が知らないうちにそっと脱いでるのかもしんないけど、週刊誌とか読んでないからそんなことは知らない。女優が脱ぐと、なんとなく「消費されきった感」を抱く。もう画面に映るだけでは魅力がないから、大人の事情で最後の魅力を無理矢理搾取された感じだ。つまり、所詮はエロ目線でその女優を見ていたにすぎないのだが、そう考えると菅野美穂(漢字間違ってたらごめんなさい)さんは、それ以外にも消費すべき魅力があったのだろう。やるなあー。 やるせなす。どっかで聞いたことあるぞ! 2時半になりました。そろそろ脳みそが限界です。 2005年 07月 10日
表参道駅のA1出口はよい。こんな季節、階段を上るのは拷問に近い辛さがあるが、参道駅のA1出口は、階段を見上げるとぱっくり開いた出口に緑があふれて絵画のようになっていて、爽やかで気持ちがよいのだ。でもそれも一瞬の喜びで、出てしまうと猛暑と人ごみがあるだけ。
東京は、渋谷も表参道もどこもかしこも本当に人が多い。大阪なら心斎橋筋と御堂筋さえはずせば歩くのに支障なかったが、東京はどこを歩こうが人が壁みたいになって行く手を阻む。しかも湿気の多い梅雨ともなると、服を着たままサウナに入ってるみたいな不快感がまとわりつく。もうこれは、薄着の女性の胸を楽しむしかない。しかし通り過ぎ行く女性の胸ばかり見ていてはただの変態にすぎないから、肌の感じや顔の作りと胸の関係を研究したりする。顔がふっくらしていれば胸もふっくらしているという当たり前の摂理から、ここでは言えない自分なりの胸理論を構築してみたりして、自分だけ納得しながら表参道を練り歩いてみる。胸に飽きたら、数多のカップルの出会いから今まで、そして関係性なんかを探る。おそらく2年目ぐらいで男だけ実家っぽい、とか。そういうことを考えながら、フラリと店に立ち寄ってサクッと財布の紐を緩めてみたり。今月はカードで17万おちるのに。 何を買う予定もなかったのに、今日は靴とカバンを買いました。モテグッズ、着々と揃えてます、同志たちよ。 2005年 07月 07日
久々にちゃんと電車で帰ってきました。どうも雨が降ってたりすると「あ、タクシーで帰っちゃおう」みたいな思考回路になりつつあり、戒めねばなりません。いや、確かに仕事は山積みなときもあるんですよ。大阪の仕事って、とかいってひとまとめにするのも大変失礼な話ですが、案を出す時点で絞り込んで、実際ラフを作るのってひとつだったりするんだけど、こっちは違う。数案あったら全部ラフにするから、キャッチ+ボディもそれだけこさえないといけないわけです。500文字越えのガッツリボディーコピーだったりすると、もう作家気分です。天才ではありませんから、とりあえず750文字ぐらい書いたのち無駄を省いて500というプロセスを踏まないと、どうもスカスカなクオリティになってしまいます。キャッチを念頭に置きつつ、書き進むうちに「あ、キャッチこっちのほうがええかもしらん!」とか方向転換して、ボディを手直しし、できあがったらそれが間違っていたことに気づいたり。そんなこんなを「言いたいことがはっきりしないクライアントが悪い」と責任転嫁をしつつパンをむしる。そしてカフェオレを飲む。夜中にコーヒー系を飲みすぎると気持ち悪くなる。タバコがダメ押ししてえずく。
そういう苦労を乗り越えて提出した版下が、アホな朱書きだらけで返ってきたりするんですよ、みなさん。それはもう、育てた娘がレイプされて帰ってきた気分。ぐっとこらえてそんな娘をケアしてやり、もう一度送り出すと、やっぱりレイプされてくる。「レイプされるような軽い娘に育てた自分が悪いのか」とも疑うが、やがて「もうお前はオレの娘じゃない」と絶縁したくなってくる。でも耐える。せめて生みの親の名を伏せたいな、と悲しい目で娘を見つめた自分を正当化する理由を探しながら、東京メトロは暗いトンネルへと吸い込まれるのだった。なんだ、この締め。 2005年 07月 04日
![]() 食べました、銀座天龍。雑誌でも見たことあったしテレビでも見たから、かなり期待大で向かいました。まずアクセスに関してワンポイントアドバイスを申し上げると、渋谷方面から銀座線で向かう方は、有楽町線銀座一丁目駅だからといって赤坂見附(永田町)で乗り換える必要はありません。大多数の東京人がもう知っているんだと思うけど。赤坂見附で約500mも長々と歩いて有楽町線に乗り換えましたが、降りたら銀座駅の目と鼻の先。いつも細々とお金を下ろしているUFJがめちゃくちゃそばにあるではありませんか。返せ、俺の500m。ま、いい運動になったさとポジティブに考えてメルサの交差点を左に折れると「天龍」の看板。店内はカップルや家族づれでいっぱいで、いまいち理解力に難のあるおばちゃんに注文が通っているのかどうか不安を抱きながら待っていると、ジャンボ餃子がやってきました。ラー油を入れずカラシで食べるのがポイントらしく、はやる気持ちを抑えながらカラシを混ぜ混ぜ。ライス大を片手に早速一口ほおばりました。 うまい! うまいがしかし、なんかモサモサしてるぞ。 これが第一印象でした。神戸元町の中華街のお店のほうが数段上だったような…。具がやや赤いのが気になる。餃子は元来うまいようにできているから、例えばうちのオカンが作ってもうまいわけだが、こういうところはきっといい素材を使っているんだろうし、そういう意味で素材を100%生かしているのかと聞かれればちょっとだけハテナがつく。ライス大をペロリといけたからうまいことには変わりないんだけど、もっと期待を上回ってほしかったなあ。いっしょに頼んだカニの身と季節の野菜をあんかけにした一品もどうやろか。 ダメな癖なんだけど、コストパフォーマンスを考えてしまうわけですよ。今回の場合、特にカニのやつ。2000円でこれかよ、と。昨年末に食べたフォアグラのソテーは、素材とシェフの腕が見事にコラボした納得の15000円だった。愛用している吉野家は、400円とは思えない科学の力がある。うまけりゃそれだけちゃんと払うけど、たいしてうまくないものにいきがった値段つけるなよ、と言いたい。だったら安くしますよと逆切れされても困るので申し付けておくと、極端に安けりゃいいってわけでもないんです。例えばジョナサンのサケのカルパッチョをご賞味していただきたいのですが、ありゃダンボールです。ダンボールに酢をかけて野菜もあるしおいしいって誤解するのがミソ。お値段400円足らず。安かろう悪かろうは問題外。つまり、払ってもらう価格の中で最大限にうまくする努力を味わいたいってことだ。 2005年 06月 30日
月日が流れるのがはやい。こんな速度だったっけ、と再確認する毎日である。よくよく考えてみれば、30年生きている人の1年と10年しか生きていない人の1年は重みが違うから、速度が異なるのは仕方のないことかもしれない。30円持ってたら1円ぐらい他人にあげてもいいほどの価値しかないが、10円のうちの1円はなんとしてでも死守しなきゃいけない大金だし。
時間は流れない。それは積み重なる。 ウイスキーの広告でこんな名作コピーがありました。時間だけが過ぎていくのはもったいないし悲しいから、一瞬一瞬を積み重ねるように生きていくのがいいってことですね。一瞬…女性が落ちたハンカチを拾おうとかがんだ瞬間の、ミニスカートの奥のミステリアスゾーン。棚下段のうまい棒を買い物カゴに入れようと前かがみになった瞬間の、起伏の豊かな胸元。常に世の中にアンテナを張って、自分を磨く情報を得よう。同じように時間を早く感じるのなら、笑っていいともが織り成す笑いのようにスカスカではなく、充実した時間を積み重ねたい、ということですよ。おそらく。 さしあたって、これから始まるコンフェデ杯の決勝を観る。なおかつ早起きして10時半には出社。 2005年 06月 27日
金曜の晩、東京メトロ田園都市線終電に乗ると押し寿司になることができます。もうそれは地獄絵図です。辛すぎて、ありえなさすぎて、ニタッとわらってしまうのです。表参道で銀座線から田園都市線に乗り換えた時点で、つり革を持つ位置と立ち位置にズレが生じておかしな格好になっているのに、渋谷でさらに「具」が詰め込まれるものですから、まるで「電車に何人乗れるかゲーム」をしているような常軌を逸した人口密度に苦しむハメに。
まずバナナの房を想像し、先端をつり革につなげてみてください。そんな感じです。各つり革付近を数人が必死で掴み、バナナのような曲線を描いてかろうじて立った状態を保ちます。座席に座ってる人のひざの上に誰かのおしりが乗った状態で、出発と同時に、連結部近くに立っていた僕のあばらを数人分の体重がギシギシと圧迫。女性の奇声の中、全員歯を噛み締め、三軒茶屋へと出荷されるのです。面白いのはこの出発のときで、となりのおじさんの「ン…ンン…ン…」というあえぎ声が耳元をかすめ、思わず笑みを漏らすと座席に座ってる人の顔が目の前にあってお互い不自然に目をそらし、じわじわ面白さがこみ上げたとき、後ろの人のビニール袋が僕のわきの下からはみ出ててそれが「餃子」だと気づいたとたん、スコンと引っこ抜かれて、地獄絵図の中で餃子の心配をしている自分に面白さがもっと増幅し、我慢ならずニヤーっとしてしまうのです。ありゃ、ありえん。駅を降りたらみんな深呼吸してるし。 なんだかすべてをやり終えた達成感で自転車に向かったら、自転車が…。ベギラマ5号は撤去されてしまいました。ありがとうベギラマ5号。大和川の土手、そして駒沢公園周辺、目黒通りの家具屋さんめぐり…。漕ぐたびに鳴る異音、耳障りだったけど、聞くことができなくなると思うとまた聞きたくなる。さようならベギラマ5号、たくさんの思い出を乗せて。
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